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2011年01月27日

死ぬかも(1番目/3つ)

診療所横で診療所2階に
住む歯科の吉田先生
すみよう薬局の3人
も役場にむかっている。

全員慎重に歩いている。
足元は泥水でみえないから。
腕に資料などであろうか
抱えたものをぬらさぬように。
側溝に足を踏み入れたら怪我する。
怖い

役場前駐車場で全員合流。
そこから足が動かない。

役場前の道路は川だ。
道路のセンターライン付近だろうか。
誘導してくれる方がいた。

役場玄関前の歩道のはずのところが
決壊のところから近いせいか
激しい濁流となっていた。
水が怖く感じたのは初めてだ
泥色をしたうねりのある濁流だ。
流木も流れてくるかも

誰かが玄関側から水道ホースを投げた。
それを二重にして道路の真ん中あたりにいた方と
玄関前の人とで水道ホースをしっかり握ってもらった
全員どうすればいいかわかった。
その間を一人ずつ渡るんだ。
「でも水道ホースかよ」
手を離せば流されておぼれ死ぬかも
濁流はどんどん勢いを増す。
水道ホースだ滑って当然

時間がない
女性から一人ずつ渡った。

一人  
踏ん張る。玄関側でみんなが
「がんばれ!」「しっかり!」
声をかけてくれる。
人に当たって濁流が暴れる
無事到着
一人  
渡る途中荷物を落とした
下流でキャッチ セーフ
そして無事到着


次に妻の番。
ここで妻の手が離れたら
言い残してしまったことが
いっぱいあるよーな

幸い渡り切った。

自分の番だ。
荷物を対岸へ放り投げた。
パソコンバッグは持ったまま

足を動かすと転びそうになる。
移動するために足を早く動かしたいが。
正直死ぬかもと思った。

渡り切った。ほっ

このころ
わだつみ苑でも水位が増していた。
  

Posted by 奄美3340 at 00:35Comments(3)豪雨災害

2011年01月24日

さあ避難だ

診療所に着くともう誰もいない。
診察室で私は電子カルテと
エコー、カメラなどの画像情報
などはいったデータ
バックアップ開始。
早く終了しないかとパソコン
の画面を見つめる。

パソコン画面はいつもの
スピードでバックアップしている
fileの名前の羅列画面が
いつものようにちーんたら流れる。
診療所の玄関側と裏口から廊下へ
浸水が始まった。

急いでくれ心臓がざわめきだした
こんなときパソコンは融通がきかん。
なかな終わらない。いらいら

2-3分で普段する作業だが待っていられない

そのとき妻の声が
ジャージャーの雨音にまじって聞こえた。
診療所の外だ。自宅側にある裏口が開く
もう腰まで水が来てる。危ない。早く

「もう早くして」
妻の緊迫した声。私の手がノートパソコン
の蓋をパタッと閉じた。



パソコンをバックに入れ、往診かばんと
AEDと緊急用のセットの入ったバックを持って
裏口へ水しぶきを上げながら走った。

裏口でもう履物が見つからない。
サンダルがぷかぷか浮いてる。
それををすくうようにはいた。
左右別々だがそれどころでない。
妻は往診かばんを
うけとり首にかけた。

急げ急げ 避難するのだ!!
向かうは2階のある役場住用総合支所  

Posted by 奄美3340 at 23:18Comments(0)豪雨災害

2011年01月21日

1月20日

昨日も業者の方がいっぱいみえて

機器の設定をしてもらった。

血液検査

超音波

内視鏡

コンピューターetc

ほんとに助かる。

夕方FM災害放送のシンポジウムへ

私はFM聞けなかったので

コメントできないのだが

渡辺 実さんを見たかったので

(理由は後日カテゴリ「豪雨災害」で)

会場へいった。

災害時FM放送は24時間で5日間がんばった

とのこと。麓代表に感謝

地域に密着した放送だが

シンポの中で印象に残ったのは

マスメディアでなくミニメディア

双方向でわれわれも放送局の一員意識をもって

情報を受け取るだけでなく

情報を発信せねばいかんというところ

それと 

日常できないことは災害時にできない

だからブログ書こう




  

Posted by 奄美3340 at 06:46Comments(1)復興状況

2011年01月21日

やばい 決壊した

車を置いて走って妻のもとへ
戻ることも選択できたが
オデッセイを生かしたかった。

集落の中へ車を走らせた
途中止まりそうになりながらも
高台へたどり着いた。

ほっ
うちの職員DさんHさんは
無事帰れたのだろうか。
Hさんは龍郷だ。

よく冠水する内海のあたりで
車立ち往生してないか?

駐在さんの奥さんと赤ちゃんは?

あせりながら診療所にむかう。
妻に携帯で連絡すると
何で弁当受け取らないの
もうすぐそこに来ているらしいわよ」
土石流見た私は
「いやいやそれどころではないよ、
だって・・・」

そのとき、わが目がその光景
に釘付けになった。
荒れ狂った川があと数センチで
決壊しそうになっていた

私は駈け出した。

役場前に着く。
道路に流れていた
雨水が土石流と同じ
泥色に変わり始めた。
やばい決壊した
直感で感じた。
  

Posted by 奄美3340 at 06:16Comments(0)豪雨災害

2011年01月19日

1月19日

 朝から本日は心電図の業者の方がきてくださり
使用法など説明していただきました。
それまで医師会検査センターの心電図お借りしていました。
ありがとうございました。検査センターには
災害前より検査機器を貸していただきながら
災害で使い物にならなくしたうえ災害直後から
心電図貸していただきありがとうございました。
 
 本日北海道から義援金を持ってきてくださいました。
大きな医療機材は市から補助していただいております。
足りない分や生活再建に使わせていただきます。
ありがとうございます。

 
 診療所裏の自宅のほうは今年から住めるようになっております。  

Posted by 奄美3340 at 17:53Comments(0)復興状況

2011年01月19日

さあどうする

名瀬から住用まで約20km。
その間2kmクラスのトンネルが3本。
短いトンネルが2本。
約3分の1がトンネルだ。
山間地のためその間何が起こるかわからない。
道路は役場前まで冠水していた。
役場前の駐車場に車を避難させる役場職員。

玄関前で不安そうにしていたご夫婦は孫である
歯科職員に車でなんとか役場にたどり着いた。
以前の災害の時この駐車場に止めた車は
助かったのだ。
しかし・・・

診療所の隣は駐在さん。そこの奥さんは
3か月の赤ちゃんを抱え派出所の事務所に
心配そうにしていた。私は役場に避難する
ように伝えた。
しかし・・・

私は不安な気持ちでオデッセイを走らせた。
が役場のところから対向車が渋滞して動けずにいた。

たこ焼き屋さんの前のカーブを曲がった時。
目を疑った。
50cmぐらいの土石流が行く手を阻んだ。
自分のはしるべき車道がみえない。
急ブレーキ。Uターン。
たこ焼き屋さんの駐車場にいったん止めた。
だがここも不安である。
道路に帰れば渋滞に巻き込まれ立ち往生に。

さあどうする
脇に小さな西中間集落へつながる小道が目に入った。
その道の向こうは冠水しているのが見える。
この集落を通り越して向かいに出れば高台がある。
道は狭いし途中でオデッセイは水につかり
立ち往生の可能性も

さあどうする

  

Posted by 奄美3340 at 17:37Comments(0)豪雨災害

2011年01月19日

10月20日 午前10時40分

15人目の最後の患者。
膝痛のため注射希望で来院。
平静を装う。
あせりながらの注射となる。
最後の患者を職員に車で送らせる。

雨は一向にやむ気配がない。
連続した雨音。怒っているようだ。
名瀬から弁当をもってくるとの情報。

この雨だともしかしたら危ない
そんな考えが浮かぶ。
この予感は当たることになる。

職員と小物を高い所にあげる作業中
の妻が私に言った。
「患者さんも来ないし途中まで車で
行って弁当受け取ったら、みんな自分で弁当
持ってきてないんだから」
まともな理由である。拒否できない。しかし
・・・
もしものときに1台は車を使えるように
私のオデッセイを高台へ移動することにした。
そのついでに名瀬方向に走り弁当を受け取る作戦。

妻の昨年初めて買った新車フリードを車庫へ移動。
家の周囲の平地より10cmほど高いのだ。
診療所前より高いのだが水位はマフラーがつかるほど。
水が入らないか心配なためアクセルを常に吹かしながら。

雨はやみそうもない。
水位はかつてない表情を見せようとしていた。
ただならぬ雨に妻も弁当またず職員2人を
帰らせることにした。
役場前の道路は冠水して通行できそうもない。
駐車場の中をくぐり抜けなんとか帰った。
  

Posted by 奄美3340 at 01:09Comments(2)豪雨災害

2011年01月18日

住用診療所復興の状況

まず復旧すること。早急に安定した医療を供給できる体制は
元の西仲間にある診療所。
ということで昨年末より、診療所や隣接する医師住宅は
優先して大工さんに入ってもらい
床や壁を張り替え、医療機材その他備品は早急に
そろえることになった。

これらの予算はすべて奄美市の市長の専決事項
(阿久根市の竹原元市長で有名に)。
激甚災害指定は直接は関係ない。
国保診療所関係は国保財政の中からでる。

財政力の乏しい地方自治体の緊急事態。
こういうときは国から特別交付税をいただいて
災害対策につかっていただきたいと私は思う。
だいぶ地域の方の家は落ち着いたが、畑など
そのままの方も多い。

西仲間の元の診療所のところで
1月4日より診療再開
歯科の診察台はまだ仮設のままである。
内科レントゲンは簡易なもので対応。
その他の診療機材はそろった。
胃内視鏡、大腸内視鏡、超音波etc
できないのはMRI、CTで
以前どおり名瀬などに紹介する。

しかし大事なものは
こころの音を聴く聴診器一本
  

Posted by 奄美3340 at 13:58Comments(2)復興状況

2011年01月18日

10月20日午前外来

「すこやかな住用地域づくり。
不安を少しでも減らしたい。」

をモットーに無医村にやってきた。6年前の事だ。
この日もいつもと同じように雨の中来て下さった
患者さん達。診察開始前いつもの顔ぶれであった。
知らない顔はいない。妻と職員が患者対応してくれる。
8時40分、朝礼。
時間外受診や気になる患者さんの報告。それに
「今日は昼休みに勉強会。弁当名瀬からはこんでもらいます。」
「大事なものは机やベッドの上に濡れない様にしときましょう」
(危機感ゼロに近いでした。少なくとも私は)
いつものように診察スタート。
私はどんな病気の方でも診ます。
点滴の方からスタートして、腰痛、膝痛、血圧、ぜんそく
小児のかぜも当日3人みていた。

診察スタートして1時間。雨足はさほど強く感じなかった。
朝の警報メールの意味はわからなかった。
20cmほど道路が冠水した。
(診療所は川の近くで集落で一番低い所にあった。それぐらい今までも冠水する事はあった。20年前の台風の大雨のとき大潮と重なり1mほど
浸水した跡が診療所の壁や医師官舎の壁に残っていた。)

運転手で慣れた人は車を止めない。少し高い歩道を走らせる。
車が通ったあと波立った水が何か暗示していた。
ネズミは避難していたのかも

診療所の玄関先で会計も終わった患者夫婦が
冠水のため帰れなくなったと不安そうにたたずんでいる。
妻がすぐ近くの役場に電話で
「玄関先まで水があがってきてます。土嚢持って来てもらえないですか」
まだ危機感無かった。雨はやみそうもなかった。
駆けつけた役場の方も少しいつもと様子が違っていた。
私には根拠ない勘違いがあった。
20年前より河川工事してるだろうし浸水水位は低いはず  

Posted by 奄美3340 at 01:27Comments(2)豪雨災害

2011年01月17日

10.20あの日

10月20日早朝、5時頃だったか
私の携帯のメール着信音が朝っぱら早くになりだした。
いつも聞かない音だ。
「なんでこんな朝早くまったくもー」
ネズミのせいもあり寝不足の妻も起きない。

しばらくしてまたなりやがった。
いやいやながら起きて携帯確認。
無料の警報メールであった。
「うるさい。寝かせろ
と思った。雨は確かに前日より降り続いているのは分かっていた。
数時間後にとんでもないことになるとは思ってみなかった。
(メール送るシステム作ってくれた方すみません。今後はすぐ避難準備します。)

それから、また軽い眠りについた。

朝いつものように子どもたちは朝食とった。
「最近ネズミが壁の中で動き回ってるね」と
会話していた。

誰もその夜ネズミは命を落とし
家族は離れ離れになるとは思っていなかった。

普通に学校にいった。
私たち夫婦もいつものように
同じ敷地の診療所に朝礼のため出かけた。

まったくいつものように

ネズミはこれから起こることを知っていたのか・・・  

Posted by 奄美3340 at 22:04Comments(4)豪雨災害

2011年01月17日

多くの支援・義援金ありがとうございました

 住用診療所は多くの方々から支援・義援金をいただきました。
 遠方から直接支援物資等を持て来てくれた方も。
 せっかく来られたのに往診でお会いできなかった方も。
 連絡先まで書いてくれたのにその連絡先を書いた紙をなくしたり。
 中にはタイガーマスクの伊達直人ような方もいたでしょう。
 感謝の意をあらわせず残念でした。
 この場をお借りして皆様に感謝いたします。
 ありがとうございました。  

Posted by 奄美3340 at 19:24Comments(4)

2011年01月17日

阪神・淡路大震災の日にブログ開始

 1995年の今日「阪神・淡路大震災」でした。私もあの日は忘れません。私は7日後くらいに現地入りして支援(といってもちょっと)したような記憶があります。
 今回奄美の豪雨災害で私はとても多くの支援をいただきました。そのお礼をしたかったのですがお礼のし切れない方が大勢いることが気になっておりました。
 そこでブログにお礼の気持ちを込めて経過報告を書いていこうと思います。  

Posted by 奄美3340 at 17:12Comments(0)